【理事 大江正男のエッセイ その1】

金子みすヾの世界に見るー擬人化された心の詩を探る

人間の探究専攻。生活と福祉専攻
卒業生 大江 正男

 東日本大震災が発災してから、早くも1年が過ぎ去ってしまった。 「紙風船」の前号にて転載させて頂いた、「こだまでしょうか」が、3.11の震災以後、電波に乗って、人々のこころに感動を与えたことは、まだ、記憶に新しい。彼女のこころから迸(ほとばし)るものを最大に表出させたとき、「金子みすヾの世界」から、限りなく広がるやさしさを、追い求めたくなるのである。今号は、そのやさしさを、さらに探ってみる。次に転載した一編は、多くの人に感動を与えた作品といえる。

   積もった雪

   上の雪
   さむかろな。
   つめたい月がさしていて。

   下の雪
   重かろな。
   何百人ものせていて。

   中の雪
   さみしかろな。
   空も地面(じべた)もみえないで。

本当に、やさしくて、寂しい詩ですね。しかし、彼女のこころのうちは、もっと深いところに視点をおいていると思われる。

酒井大岳と読む「金子みすヾの詩」酒井大岳著の中で、酒井氏は、この詩について次のように述べておられる。以下、酒井大岳氏の論述を引用させて頂いた。

10年ほど前、庭に70センチも雪が積もりました。部屋の窓から、やっと降り止んだ雪の庭を眺めやりながら、みすヾさんの、この詩を口ずさんでいたのでした。
短くて、かわいくて、やさしいこの詩に、世界じゅうの人が感動しています。「中の雪」を思いやった詩など、どこの国にもなかったからです。

70センチの雪の表面を見て立った私には、その下の69センチの雪が見えません。見えない雪のほうがほとんどなのです。みすヾさんはその見えない雪に、自分を置きかえることのできた詩人でした。肉眼ではなく「心の眼」のほうで、深いところをみつめていたのです。「見(けん)の眼」ではなくて「観の眼」であったと言えるでしょう。

酒井氏が述べておられるように、金子みすヾの「心の眼」には、誰でも仰天する。上の雪は、人間社会の中で、正面切って、つめたい世相の荒波と闘っている人々を指し、漁師町である仙崎の漁師を指し、冷たい日本海での過酷な労をねぎらい、「さむかろな」と表現した、とも思われる。雪の積もった月夜は、真から冷える。つらくても、立ち向かって行かねばならない人々への思いやりだったであろう。

「下の雪」は、「重かろな」と、その時代の世相というより、何時の時代にも観られる貧しさで虐げられる人々を観ているのではないだろうか。ある意味では、抗いながらも重い荷物を背負わされながら、それでも耐えて生きてゆく人々を表しているのでは、と思う視点は誤りであろうか。

「中の雪」の彼女の心の眼は、「さみしかろな」、そして、「空も地面(じべた)もみえないで」と、閉鎖的な社会を意図しているのだろうか?または、まだまだ、封建的な時代であった、家長制度の中での妻の地位のことを指し、社会制度に対する視点を意図しているのであろうか?

いずれにしても、彼女が意図した、この「中の雪」の心の眼の真意を知りたいものであるが、この短い詩の中で、重量感を読者に与えるのは、彼女が目指した擬人化の中に、ややもすれば、サンドイッチのように挟まれた境遇の中でも、いつかは解き放されるときが必ずくる。「それまでの辛抱だよ」と、私たちの生活観を充実させることができたらという意図が、無意識の中に秘められているように思われる。

酒井氏は、さらに、次のようにも述べている。
「朝日俳壇」の選者をされている稲畑汀子先生は、ある年の「年間秀句選評」のなかで、「言葉が平明にして、余韻が深く、新しがらないで深くものを見て観えてくるものをとらえることです」と言われております。

つまり、浅く見ないで深く観る眼を持とう、と呼びかけていらっしゃるのですね。理屈ではわかるのだけれど、「観えてくるものをとらえる」なんて、そうそう簡単にできることではありません。
俳人たちは、またとない題材を求めて歩きますが、じつは、「観えてくるもの」は、そう遠くにはなさそうです。
「見るところ花にあらずということなし、おもうところ句にあらざるなし」(松尾芭蕉『吉野紀行』)私たちの身辺には宝物が山をなしているかもしれません。
「中の雪」はそのことを教えてくれているのです。

と、酒井氏は、この詩の結びの解釈として述べておられるように、「中の雪」は、観たままを表現しているが、俳壇の選者である稲畑汀子先生が述べられたことから、酒井氏は、「浅く見ないで深く観る眼を持とう」と述べておられる。そして、「見るところ花にあらずということなし、おもうところ句にあらざるなし」と松尾芭蕉が吉野紀行の中で記述されていることも併せて取り上げておられるように、私たちの身の回りには、多くの題材が含まれており、金子みすヾの心の眼は、自然を観る眼、生物、動物を観る眼、人間社会を観る眼、世相を観る眼、等々、深いところに向けられていると確信するものであり、正に彼女は、擬人化を意識した心の詩をカテゴリーにしていたのではないだろうか。

次に転載させて頂いた「土」は、私たちにとって、生活の場ではなくてはならない役割を演じている。その詩を観てみよう。
   土

   こっつん こっつん
   打(ぶ)たれる土は
   よい畑になって
   よい麦生むよ。

   朝からばんまで
   踏まれる土は
   よい路になって
   車をとおすよ。

   打(ぶ)たれぬ土は、
   踏まれぬ土は、
   要らない土か。

   いえいえそれは、
   名のない草の、
   お宿をするよ。

この詩について、酒井氏は、次のように述べている。
この詩に出会ったのは、朝日新聞「天声人語」(1993・4・7)でした。なんというあたたかさでしょうか。土という平凡な素材が、これほどいきいきしと描き出された詩もめずらしいのではないかと思います。天声人語氏はつぎのように述べています。
「無用と見られようと、無名であろうと、その存在、その生命の尊さはゆるぎもしない、という思い。やさしいだけではなく、つよい詩なのだ」

酒井氏は、なるほど、とうなずくばかりです。と述べ、取り上げた「天声人語」に対し、同調こそすれ、反論する材料は無かったようである。

土は、当然のように、畑になって、野菜をつくり、生産のお手伝いをする。また、路になって、通学路になったり、道路となって流通のお手伝いをしている。このように、与えられた役割を果たしているが、彼女の視点は、それだけではない、と思われる。

この詩のクライマックスである。打(ぶ)たれぬ土、踏まれぬ土、要らない土をきっちりと、取り上げ、「名のない草の、お宿にするよ」と、いかにも、この詩の主人公は、「要らない土」ですよ、と名言しているようである。「土」に与えられた役割は、表面切っての良い役割ではなく、その陰に隠れた役割を忘れてはならないことを教示しているのである。

さらに、酒井氏は、例示を上げて、次のように述べている。

高校に勤めていたころを思い出します。勉強ぎらいの女子生徒がいました。「おまえはどうして勉強ができないのか」と担任から言われると、「できないのではないの、しないだけ」と返して、いつも笑って見せていました。

この生徒は、車にはねられた犬や猫を治療し育てていました。近くの病院から使い残した塗り薬や包帯ぎれをもらってきて手当てをし、ときには小屋のなかで寝起きもしていました。この生徒に通信簿は必要ではなかったのです。

「不思議な子だよ。しかし、あの子がいるだけであのクラスは明るいからね」と、先生がたは口々にそう言い合っていました。
人間にはそれぞれその人でなければできない、というものが備わっています。与えられた場で、与えられた力を発揮することが、ゆるぎもしない生命のつよさというものにつながっていくのだと思います。「お役に立てることは幸せ」、こう思うこころを大切にしたいと思います。

酒井氏が述べられた次のフレーズ「人間にはそれぞれその人でなければできない、というものが備わっています」、ということは、それを押し通して生き抜ける人は幸せですが、思うに任せないのが人間社会である。要するに、現実の社会を観たとき、立ち回りの旨い人は要領よく立ち回れるが、要領の悪い人は、表に出ることなく、下働きで頑張っているのが、現実である。

さらに、この詩を深く追求すれば、やはり、擬人化されていると言える。しかし、彼女の言う「名もない草のお宿になる」ということは、「要らない土などは無い」と言っているに等しい。換言すれば、人間社会にあっても、不要な人間は一人としていないのだ。このように、彼女の奥底に潜んでいる「やさしい心の眼」は、この詩にも表れており、私たち読者にも説いているようであることが確証できる。

今号では、あと一編を転載してみよう。

お日さん、雨さん

ほこりのついた芝草を
雨さん洗って
くれました。

洗ってぬれた
芝草を
お日さんほして
くれました。

こうして私が
ねころんで
空をみるのに
よいように。

彼女のこの詩は、自由奔放に生きている世界を垣間見ているようであるが、彼女の生きた時代をはるかに越えているように見えてくる。彼女自身は、本来明るい性格で、笑顔の絶えない女性であったことは周知の通りであるが、彼女の詩の中で、開放的な部分を吐露した詩は珍しいのではないだろうか。それは、酒井氏が述べられている次の論述からも推測できるのである。

酒井氏は、次のように述べている。

この詩には「不平」「不満」「愚痴」というものがまったくありません。三節ともに「純真」で「善意」にみちています。

自分の都合を中心にものごとをはかっていくと、愚痴が生まれます。「私が出かけるときにかぎって雨が降る」というのがそれですね。お天気は個人の都合に合わせてはくれません。晴れたいときに晴れ、降りたいときに降っているだけです。

むかしの人はそれを「晴耕雨読」と言いました。晴れたら耕そう、降ったら読書をしよう、というのが愚痴のない生きかたなのです。

だいいち、愚痴の「痴」の字を見てください。知の上に「ヤマイダレ」がかぶさっているのです。頭がおかしくなっていて、ものごとを悪意にしか受け取れなくなっているのが痴なのですね。

「お日さん、雨さん」を見てください。善意そのものの詩ではありませんか。
雨さん、ありがとう。お日さん、ありがとう。みんな私のためにやってくれてーーと、感謝をしているのです。

なんという心ゆたかな受け止めかたでしょうか。理屈でなく、実際にそのように受け止められたら、どんなに幸せな人生が過ごせることでしょうか。
よいふうに、よいふうに、と受け取っていくと、ときに「めでたい」と言われることもあります。そのときはすきなように言わせておきたいですね。けっして恨みや憎しみを持たないことです。

「私のためにみんなが動いていてくれる」、ここに気がついている人の生きかたは、さわやかです。

このように酒井氏は、人間はややもすれば、「自己中心」に生きて「不平」「不満」「愚痴」をこぼしながら生きていることをとらえ、それに比べ、この詩は「純真」に生きる、彼女そのものであることを述べている。

私は、彼女の詩の中で、この詩も大好きである。それは、「お日さん、雨さん」に感謝をしている彼女の「心の眼」は、勿論この詩の主人公である「お日さん、雨さん」だけではないと思われる。「お日さん、雨さん」への感謝は、人間社会における「ギブ&テイク」であり、それぞれの役割分担を意味していることに相違ない。そして、誰のために生きているのかを説いた上で、この詩の中に内包する世界観があることを忘れてはならない。それは、「お日さん、雨さん」に課せられた擬人化による彼女の呼びかけであることも、忘れてはならないのである。彼女の詩は、ほんとに、やさしくて心に残る詩である。それは、やはり、世界観や、果ては、宇宙観をもとらえているからではないだろうか。

次の詩は、雪が降る寒い日に、我が家の庭に咲いた一輪の「山茶花」を観たときに、書いた、稚拙な一編として掲載させて頂いた。

山茶花と新雪

庭に咲いた、一輪の山茶花、
薄紅色を、
清々しく輝かしている。

天空より舞い降りた新雪の結晶が
山茶花の傍らに着床し、
キラリと光って、
折り重なるように、
緑の葉を白く染めた。

舞い降りた新雪は、
薄紅色を囲みながら、
巣作りをしているようだ。

その周りを真綿のように、
やさしく包みこんでいる。
まるで、庇護する母親が、
暖かい懐に抱きかかえるように、
薄紅色の花弁を、円く囲んで、
やさしく、包み込んでいた。

そして、また、
新雪が囲いの中に着床し、
その冬の花を
愛おしく、育むように、
やさしく守ってやるよと
声高らかに、
叫んでいるようだ。

金子みすヾの一口メモ

 1984年JULA出版局から全集や選集が出版されると、みすゞの詩は多くの人々の心に深い感動をもたらし、彼女の詩を愛する人々の輪がまたたくうちに広がっていった。
1996年4月からは、小学校国語教科書や道徳の副読本などで、全国の子どもたちが、金子みすゞの詩に親しんでいるという。

※転載した「金子みすヾの詩の3編」は、「酒井大岳と読む:金子みすヾの詩」酒井大岳著:河出書房新社より引用させて頂いた。併せて、詩の3編に対する酒井氏の論述も引用させて頂いた。

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